つくばいと水琴窟
お寺などに行くと、茶庭などに据える手水鉢が置いてあります。つくばって使うように鉢を低く構えてあるのです。左右に湯桶や灯火を置く湯桶石や、手燭石を配し、使い手の乗る前石を据えるのが定式となっているようです。さらにつくばいは、茶室では心身の塵を払うものとして重視されているのです。さらに、つくばいは、その据え方により立ち使いの形式もあるようです。つくばいとは、もともと茶道の習わしによりお客様が這いつくばるように身を低くして手をきよめたことが始まりというわけなのです。
このつくばいに似た感覚のもので、水琴屈という仕掛けがあります。すいきんくつと読みます。こちらも、つくばいと同じようにして、日本庭園の技法のひとつといっていいでしょう。古くから日本の庭は、遠くにある風景を身近に感じたいという考えや、実用的なものなどを次々に取り入れ、少しずつ進歩しながら庭の文化を現代に継承してきました。例えば、玄関先の目隠しや装飾として使用された袖垣、枯れ山水やつくばい、かけいなども、いわばその当時の発明品であるわけです。水琴窟も同じことが言えます。
庭の一部として登場しますが、他の作品とは少しばかり違った性質を持っているのかも知れません。つくばいというのは、姿が見えていても、水琴窟その物は地面の下に隠れて姿がないのです。かすかな音を発するだけの、見え隠れのする実に日本的なわびとさびを演出する装置という訳です。しかし、作り方や維持が難しく、当時でもそれが普及したとは考えにくいのです。情報の行き渡らない時の状況で、日本の各地に作られていたことは事実なのです。庭師が積極的に新しいことを取り入れて伝えようと、各地に足を運び実行したとしか思えません。
当時の水琴窟の構造は、そのまま甕の下に水がしみていく、自然浸透式のものが多く、その土地の地盤構造により、水が溜まらないで音が鳴らなかった物も考えられるのです。つくばいなどを始め、このように、日本の美しい文化の代表として、世界に自信を持って紹介できるものがこんなにあふれているのです。その時代ごとの発明や発想に、皆が共感して受け入れてきた物だったのでしょう。水琴窟の歴史として後世に伝えられて行ったとするなら、この時代に自分が生きた証なのでしょう。つくばいや、水琴窟の未知なる可能性を探りながら、新しい文化を作っていくのです。つくばいをはじめ、このような日本文化を伝承していきたいものです。


